カテゴリ:セラピーのこと( 8 )

過去生その後

今日は、強い風が暗雲を吹き飛ばし、美しい筋雲に覆われた青空が広がりましたが、午後からは、さらに風が強くなり、こんな強風ありですか?って位の風になり、今も吹き荒れています。
気温も暖かだったり寒くなったりの落ち着かない日々ですが、今ここに足を下ろしていることを確認しながら「よっしゃ元気だ!」と気合をいれています。

さて、この前の記事の深い悲しみをどうするか?ですが・・・

日がな一日、深い悲しみにどっぷり浸かってなんていませんし、
日々普通に暮らしていますが、けれど悲しんでばかりいると現実でも起こり始めるんですね~

関連したことが起こって、はたと気付いたことがありました。

イタリアの息子も、別の時代のモンゴルの息子も(どちらも過去生のね)現生で生まれ変わって出会っているのです。
妄想と言われればそれまでですが、それでもって何かが解けるなら、腑に落ちるなら大切なことだと思うのです。いずれも思い当たることはありますので、信じてみるのもいいかもしれません。


人と人は学ぶために、学び終えるまで何度も転生して出会います。

「受け入れること」と「手放すこと」

一回一回の呼吸に執着する人がないように

たとえ血の繋がりという奇跡にも、その奇跡に感謝こそすれ

執着をしないこと

全ての人々の未来を信じて

そして、毎日が最高の日だと

彼らに心からの愛をおくりたいと思います。
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by angelglobe | 2012-04-03 20:33 | セラピーのこと

大切な過去生

雪が降ったり、5月の陽気になったり、そして明日また、お天気は雪模様だそうです。
それでも、梅の花はほころび始め、桜の蕾も心なしかほころんできているような気がします。
庭の福寿草もキクザキイチゲも咲きました。

この忙しい年度の変わり目を悶々として過ごしています。
フィンドホーンガイダンスも手をつけずにね・・・

(以下、長文です。)

これまで、元気ぶってきたけれど、自分の深くにある悲しみの世話を、ちゃんとしてきただろうか・・なんて考えています。

ずいぶん古い話になりますが、2004年、ワイス博士のCDの誘導瞑想で過去生をみることをやっていたのですが、一人でやると眠ってしまうので、友人と一緒に瞑想に入っていったことがありました。

砂埃の中、湾曲した長い城壁のような壁伝いに、砂色の毛布のようなものをまとって歩いています。
その毛布の中には赤子を抱いています。悲しく思いつめています。
自分の目から、とめどなく涙がこぼれてきます。
と、そのシーンを遮るかのように携帯の着信音が・・・

見たくない、その先を見たくない・・・という思いがありました。

その頃、テレビの番組「世界ふれあい街歩き」だった気がしますが、イタリア アッシジをやっていて、12世紀ごろの教会には、事情で育てられない赤ちゃんを預かるポストがあったという話がでてきていました。私の耳は、そこでとまります。

それから、ある日こんな夢を見たのです。
冷たい雨が降る夜、小さな家の寝室で一人の夫人が横たわっています。そこへ一人の若い僧侶が、お見舞いに来ている様子です。
雨にぬれて、街灯の明かりに光る石畳の道を帰って行く僧侶の後姿が見えます。僧帽をかぶっていました。
ただ、そのシーンを映像のように見ている自分は外にいるので、どちらを自分ととらえるのか?などと考えていましたが、、母親と僧侶に育った息子だったのではないか・・・そんな気がしています。

昔々、これまたテレビで、葉 祥明さんが聖フランチェスコを訪ねる番組をやっていて、ずっと心に残っていました。

もう一つ、聖フランチェスコを調べていて、僧帽筋の僧帽は「フランチェスコ会」のフードが元になっているとあったことなど・・

パズルのピースは、ころあいを見て、しかるべき場所に落ちてくるのですね。

***

別の話ですが、

数年前ヒーラーさんのところでリーディングをしてもらったことがありました。90分ほどのセッションの中で、必要な過去生をみてもらったのですが、
モンゴルにいた時のこと、当時は戦乱の時代で男の子は戦に行かなければならない。
けれど、私の子供はどうしても剣を抜くことができません。そして彼はそのまま戦に行き戦死してしまうのですが、母親の私は、その息子の死をどうしても受け入れることが出来ずに死んでいきます。

「わが子の死」と「子どもを捨てる」という経験の感情と
今、向き合っています。
苦しいっす。。
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by angelglobe | 2012-04-01 00:13 | セラピーのこと

過去生リーディング②

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アメリカのネイティブインディアンだった頃
私はシャーマンでした。

足の裏から
大地の、
地球の鼓動を読み

私の手に、
飛んでくる野生の鳥を乗せ
彼らのメッセージを聞いていた。


これから、山のシャーマンではなく、
里のシャーマンになれと。
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by angelglobe | 2009-08-20 21:46 | セラピーのこと

過去生リーディング ①

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7月7日に受けたリーディングでは、家族の事を中心に見てもらったのですが、
今生の私の生まれ育った家族は、日本神道系のコミュニティーでの仲間だったらしい。
当時は、みんな仲間だったけれど、
今生では私が一番年少で、家族全員の圧力の中で育ったようなものでした。

そのコミュニティーでは、早くに独立して、新たなコミュニティーを作り、リーダーシップをとっていたようでした。信じてくれる人も恨みを持つ人もいて、今生の家族は、どうも後者のようだったみたいです。

修行のような家族だった。。
と思うことができた時から、みんなの優しさに気付くような思い出が湧き出してきましたよ^^
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by angelglobe | 2009-08-20 11:55 | セラピーのこと

Resonance―共鳴

↓今日のセリバオウレン:春の妖精と呼ばれているようです^^
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お彼岸の中日でしたが、お墓参りに行く気力がなくて、、いえ、ないから野山へ入っていました(笑)

今年に入ってから、お仕事以外の交際は、全くと言っていいほど避けてきたように感じます。
どうして?と聞かれても説明が出来ないような状態で、とにかく人間から離れて自然界に入っていました。唯一つながっていたのが、このブログだったかもしれません。

昨年後半からは、精神的に、日焼け後のピリピリみたいに敏感になっていて、今年に入ってからは、あまり動じなくなり、ただ自分と向き合いたい気持ちが残りました。

小さい頃から、世間と違和感を感じていて、いつからか『帰りたい』気持ちが常にあったように思います。

帰りたいのは、どこへかは解りませんが、居心地の悪さを持っているから、地球の懐へ帰りたい。そんな気持ちが自然界へ駆り立てたのかもしれないと思います。

野山に入ると、深く呼吸が出来るようになり、しばらく呼吸を深くしていると、鳥や花が見えるようになってきます。
ただ佇んでいるだけで、鳥たちが、まるで挨拶をしてくれるように現れては去っていきます。

その場の空気を呼吸とともに身体に取り込むことで、その場と共鳴する。共鳴すると、私はその場の物と一体化して、自然界の生命たちが姿を現してくれる。

そんなことを繰り返すうちに、私は自然界とは切っても切れない何かを持っている事を実体験し、また、これは全ての人たちも同じであることに気付いたのです。

例えば、花や木が美しいと惹かれる時、それはその存在と共鳴している事なのだと思います。惹かれる色があれば、その色と共鳴しています。
花の色もその色と花が共鳴しあっています。石もその色と共鳴しあっています。
だから、人は、惹かれるその花の意味や石の意味と共鳴している事になるのではないかなと思います。
そして、石や花や色を使ったセラピーは、そこが原点のように思いました。

自然界には、人を癒す力があるのは、こういうことだったのでしょう。
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by angelglobe | 2006-03-21 19:44 | セラピーのこと

自分の許容範囲

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昨日の快晴とはうって変わって今日は雨の日曜日です。
お天気休日は鳥撮りに決まってる!と昨朝は早々に出発。
しかし、午後から臨床心理講演会に行くと決めて出かけたので、気持ちが落ち着かず物足りない鳥撮りでした。
まずは最寄の川辺の水鳥たちにご挨拶をしていると少しセンチメンタルに・・・
そろそろ北帰行が始まるでしょうから、今年会えるのは最後かななんて思って眺めていると、卒業式みたいに目の前を順番に流れてくれたりして、よけい胸がいっぱいになってしまいました(笑)

講演会はPTSD(心的外傷後ストレス障害)について、架空のクライアントの架空の症例から内面の葛藤の有り様についてのお話しで、
主にPTSDの方の心情を中心に、周りの人たちのあり方なども加えたお話しで、カウンセリングについては触れることはありませんでしたが、その心情を私達の日常で起こりがちな感情を例にあげて、理解しやすく話してくださっていました。

PTSDについては詳しくありませんので説明はしませんが、心の傷が深く大きければ、身体を癒すことさえ抵抗があり、用心しなければならないということ、それと二次被害という事にも触れていらっしゃいましたが、事件後言葉によって受けた傷がさらにトラウマを拡大することがあるということも知りました。

帰ってから思ったことは、セラピストは自分のできることの範囲をしっかりと認識しておくことの重要性、そして枠を超えた関わり方は、しないほうが適切であること、また出来ることなら、自分の許容範囲を超える場合は、次(別の専門家)へのルートを準備しておくことが望ましいなどの事を再認識することが出来たかなということでした。

癒しを引き受けることがセラピストの仕事ならば無責任に引き受けることはもちろん出来ませんし、クライアントの症状を見極める能力と、引き受けたなら最後まで付き合う覚悟は必要だと、当たり前のことながら、あらためて思いました。
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by angelglobe | 2006-02-26 13:17 | セラピーのこと

砂糖粒レメディー

d0010900_2051598.jpg立春の朝、数時間だけ青空が見えていたのに、気温が低く寒い日が続きます。

数年前にホメオパシーの由井さんのお話を聞いてから、ようやく一昨年、36基本キットを買って、使っています。

風邪の季節はゾクッと感じたらアコナイトを一粒、舌下にしのばせます。昨年は風邪の後、口にヘルペスが出来たのでネイチュミアを持ち歩いていましたし、夏の嘔吐下痢のときはチャイナで治りました。(というより、レメディのチカラを借りて自分が治しましたと言う方が正しいでしょうか)
36本キットの中でよく使うのは、アコナイトで、次はネイチュミアとフォスフォラスですね。

アコナイトはトリカブトの性質を希釈に希釈を重ねたというレメディだそうですが、由井さんの本にはショック、パニックの№1レメディーと書いてあります。そういえば、新潟の地震の時に由井さんがショックトラウマを予防するために、このアコナイトを無償で現地の希望者に配布したとか聞いています。

この小さな砂糖粒を口に含んで暖かくしていると、私は風邪が治ってしまうのです。
もうずいぶん長い間、病院の薬など化学薬品は使わずに、なんとか生き延びてきています(笑)

これは自然界の生物、鉱物などの性質を使って、肉体、精神にトータルに働きかけ、治癒をもたらしてくれるレメディですが、お花の性質を転写したフラワーエッセンスは主に感情から働きかけ癒してくれます。どちらも、こんなに簡単に説明できるものではないと思いますが、今でも使い分けて日常に使っています。

地球上にはどこかに必ず自分を癒してくれるものが存在すると知ったとき安心したのを思い出します。

こんなところでも自然界の恩恵を受けて、そして自然界と共鳴できるなんて幸せなことだと思います。
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by angelglobe | 2006-02-06 21:37 | セラピーのこと

ヒプノセラピー

2年ほど前に、ヒプノセラピーを受けたことがありました。

誘導されて、しばらくビジョンが見えないまま、ずっとマジェンタ色の光の中にいました。その光の中で、涙があふれるように流れて、『ビジョンを見るように』と催促されてもなかなか見ることができない。そう思っていると、ふとバラや百合のような花の香りに包まれたのを感じました。すると、目の前に大きなオレンジ色の山が現れて、しばらくして白いものが二つ・・・
「馬だ」と感じ、セラピストにそう言うと、『それに乗ってください』と。

白い馬に乗ると視線が上がり、山の裾野に家が見えてきました。『馬に任せてください』と。
馬に行き先を任せると、馬は丘を下り、その裾野の家まで連れて行ってくれました。その家のドアの前まで来て、馬を下り、ドアを開けると、ほの暗い家の奥の方から、大きく両手を広げたニコニコのお顔の人が出迎えてくれました。

その時私は、小さな少女になっていて、その家に入ると、ゆったりとソファに腰掛けた父親の右の膝にちょこんと座り、来るまでに見てきた花や動物の話しを聞いてもらっていました。父親はニコニコと相槌を打ちながら話しが終わるまで聞いてくれて、、、

『外に出て、馬に乗ってください』との誘導で、馬に乗ると父親も私の後ろに私を抱えるようにして座り、父の手綱の合図で馬は歩き出しました。丘の上までの坂道の右手にはソバの花のような白い花が一面に咲いていて、それを見て、二人で笑っています。

丘の上でハイヤーセルフに会うのですが、それは険しい顔の老人で、背中に羽のようなものが見えました。だから、天使かな?それにしては、面持ちが険しすぎるな・・・と思っていましたが。
そのあと言葉をもらって、、、

家に帰り、いよいよ父親との別れの場面では、ずいぶん私は駄々をこねて、てこずらせてしまいました。

その時はそのビジョンで見た場所がどこなのかは解っていません。セラピストが『2~3日中にわかりますよ』と言ってはくれましたが、、、

その日の夜は、英語のクラスの日でした。中学1年生のクラスだったと思いますが、テキストの、その日のプログラムのタイトルは「タコマの牧場にて」。生徒が来る前に、ページを開くと、白い馬の牧場の絵が・・・すぐに理解しました。

その日のテキストは、アメリカインディアンの牧場へ由紀が、ステイ先の兄弟と一緒に行くというストーリーでした。

丘の上で会った険しい顔の老人はアメリカインディアンのメディスンマンだったかなと思っています。
d0010900_20453163.jpgそのあと、間もなく、この本に出会いました。

遅まきながら始めた自分探しの旅の途中での出来事です。

入院中の父が亡くなったのはそれから一週間ほどしてからでした。
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by angelglobe | 2005-07-27 20:53 | セラピーのこと