京都と崇徳上皇と

今日は朝のうちは曇っていたのですが、お昼ごろから霧が町中を覆っていました。

ここ数年間、愛読させていただいているミカエルたんたんさん「祟り神とわたし 2012」
を受けて、思い出した話があったので、ここでまとめてみます。

昨年の2月の節分にちなんで小学生高学年対象に「鬼」テーマでブックトークを考えていました。
その前月のたしかお正月のたけしさんの特番で「明治天皇は祟り神を味方につけた」というところを思い出し、繋げてみようと思ったのです。

d0010900_2222523.jpgブックトークのタイトルは「ちょっと大人な鬼しらべ」、日本史の中から「鬼」を調べていきます。特に平安時代末期、鎌倉時代あたりから「鬼」や怨霊、妖怪が物語や歴史書に登場しだし、アジアでは「九尾の狐」(これは子供たちのほうが詳しい^^;)という妖怪が、各国の王の后になり、国を滅ぼしていきます。しかし、それが日本に来ると、玉藻の前となり鳥羽上皇の寵愛を受けて上皇の命を滅ぼしてしまうのですが、残念ながら日本の那須において仕留められ、殺生石になったというお話は有名です。


d0010900_2225637.jpgその時代、鳥羽上皇の第一子第75代天皇 崇徳天皇は、不遇な天皇で、保元の乱の後、罪人として讃岐に流されてしまいます。
それを苦にして、怨霊となり日本という国と天皇に呪いを、それは天皇の力を失墜させる末代までの呪いだったのですが、これについては「雨月物語」の―白峯―に書かれています。
その後、武士の時代、戦やら、天災やら・・戦乱、混沌の時代が幕を開けます。

それで、たけしさんの番組の中の「明治天皇は祟り神を味方につけた」の事なのですが、
怨霊となったと言われた崇徳天皇の御霊を京都に帰して手厚く葬ったのが明治天皇で、現在の京都「白峯神社」の片隅に、ひっそりと祭られています。
というような、ザックリとしたまとめですが、だからどうして怨霊が味方なのかってことで、
う~ん。

  * * *
昨年から用事で、日帰りで京都へ行くことが多くなったのですが、昨年の夏休みに一度、御所の近くのホテルに泊まって京都をブラブラしたことがありました。

何箇所か行きたい所は決めていて、その中に白峯神社も含まれていたのです。
御所からは歩いて行ける距離のはずですが、なかなか到着しない、そこで近くで聞いてみると、全く逆方向へ行っていることがわかり、あきらめてタクシーで下賀茂神社へ行くことにしました。
もともと私は方向音痴なのですが、ひょっとして京都の中心の磁場が・・・なんて(笑)

下賀茂神社は、運よく「みたらし祭 」の最終日で、御手洗川の中を歩いて穢れを祓いました。その後、サンタマリアノベッラでランチして、買い物をして帰りました。

本のお話から旅話になってしまいました。
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by angelglobe | 2012-03-18 23:07 | ライブラリー