大切な過去生

雪が降ったり、5月の陽気になったり、そして明日また、お天気は雪模様だそうです。
それでも、梅の花はほころび始め、桜の蕾も心なしかほころんできているような気がします。
庭の福寿草もキクザキイチゲも咲きました。

この忙しい年度の変わり目を悶々として過ごしています。
フィンドホーンガイダンスも手をつけずにね・・・

(以下、長文です。)

これまで、元気ぶってきたけれど、自分の深くにある悲しみの世話を、ちゃんとしてきただろうか・・なんて考えています。

ずいぶん古い話になりますが、2004年、ワイス博士のCDの誘導瞑想で過去生をみることをやっていたのですが、一人でやると眠ってしまうので、友人と一緒に瞑想に入っていったことがありました。

砂埃の中、湾曲した長い城壁のような壁伝いに、砂色の毛布のようなものをまとって歩いています。
その毛布の中には赤子を抱いています。悲しく思いつめています。
自分の目から、とめどなく涙がこぼれてきます。
と、そのシーンを遮るかのように携帯の着信音が・・・

見たくない、その先を見たくない・・・という思いがありました。

その頃、テレビの番組「世界ふれあい街歩き」だった気がしますが、イタリア アッシジをやっていて、12世紀ごろの教会には、事情で育てられない赤ちゃんを預かるポストがあったという話がでてきていました。私の耳は、そこでとまります。

それから、ある日こんな夢を見たのです。
冷たい雨が降る夜、小さな家の寝室で一人の夫人が横たわっています。そこへ一人の若い僧侶が、お見舞いに来ている様子です。
雨にぬれて、街灯の明かりに光る石畳の道を帰って行く僧侶の後姿が見えます。僧帽をかぶっていました。
ただ、そのシーンを映像のように見ている自分は外にいるので、どちらを自分ととらえるのか?などと考えていましたが、、母親と僧侶に育った息子だったのではないか・・・そんな気がしています。

昔々、これまたテレビで、葉 祥明さんが聖フランチェスコを訪ねる番組をやっていて、ずっと心に残っていました。

もう一つ、聖フランチェスコを調べていて、僧帽筋の僧帽は「フランチェスコ会」のフードが元になっているとあったことなど・・

パズルのピースは、ころあいを見て、しかるべき場所に落ちてくるのですね。

***

別の話ですが、

数年前ヒーラーさんのところでリーディングをしてもらったことがありました。90分ほどのセッションの中で、必要な過去生をみてもらったのですが、
モンゴルにいた時のこと、当時は戦乱の時代で男の子は戦に行かなければならない。
けれど、私の子供はどうしても剣を抜くことができません。そして彼はそのまま戦に行き戦死してしまうのですが、母親の私は、その息子の死をどうしても受け入れることが出来ずに死んでいきます。

「わが子の死」と「子どもを捨てる」という経験の感情と
今、向き合っています。
苦しいっす。。
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by angelglobe | 2012-04-01 00:13 | セラピーのこと