沈黙の春

バイカイカリソウ
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レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を書こうと思ったきっかけは、
1958年1月、友人のオルガ・オーウェンズ・ハキンズから届いた手紙でした。
そこには、彼女が大切にしている小さな自然の世界から、生命という生命が姿を消してしまったと、悲しい言葉が書きつづられていました。

そして、1962年『沈黙の春』は出版されました。
今から50年ほども前の事だったのですね・・





以下引用
 
私たちの住んでいる地球は自分たち人間だけのものではない―この考えから出発する新しい、夢豊かな、創造的な努力には、《自分たちの扱っている相手は、生命あるものなのだ》という認識が終始光りかがやいている。生きている集団、押したり押しもどされたりする力関係、波のうねりのような高まりと引き―このような世界を私たちは相手にしている。昆虫と私たち人間の世界が納得しあい和解するのを望むならば、さまざまな生命力を無視することなく、うまく導いて、私たち人間にさからわないようにするほかない。
 
 人におくれをとるものかと、やたらに、毒薬をふりまいたあげく、現代人は根源的なものに思いをひそめることができなくなってしまった。こん棒をやたらとふりまわした洞穴時代の人間にくらべて少しも進歩せず、近代人は化学薬品を雨あられと生命あるものにあびせかけた。精密でもろい生命も、また奇跡的に少しのことではへこたれず、もりかえしてきて、想いもよらぬ逆襲を試みる。生命にひそむ、この不思議な力など、化学薬品をふりまく人間は考えてもみない。《高きに心を向ける事なく自己満足におちいり》、巨大な自然の力にへりくだることなく、ただ自然をもてあそんでいる。

 (中略)

おそろしい武器を考え出してはその鉾先を昆虫に向けていたが、それは、ほかならぬ私たち人間の住む地球そのものに向けられていたのだ。
            ( 新潮文庫『沈黙の春』/レイチェル・カーソン 著/青樹りょういち 訳 より引用)

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by angelglobe | 2009-05-07 23:15 | ライブラリー